中年パートタイマーの菜園日誌的なブログ

基本は菜園活動のお話、ときどき猫ネタ、飯ネタ、お出かけネタ、映画ネタなどなど!!

英語とフランス語のおもしろい関係

どうも、よっチです。
そういえば今年より始めたうんちくシリーズ、考えてみたらまだ一回やったきりなので、そろそろと思い2回目をやってみたいと思います。

今回は英語とフランス語の関係について。英語は中学から必須の科目で(今は小学校から?)、しゃべれるしゃべれないは別として誰もが知っている身近な言語だと思います。そんな、英語ですが、単語の半分近くがフランス語由来ということを知っている人は少ないかと思います。

(1)なぜ、そうなったか
これは歴史を見れば明らかです。英語は、古英語、中英語、近代英語、現代英語と進化していくのですが、フランス語が大いに関わってくるのが中英語で、そのきっかけとなったのが1066年のノルマン征服です。

イングランドはそれまでアングロサクソン人の王様が統治していたのですが、王位継承の争いが起き、当時、フランスの一諸侯であるノルマン候がイングランドを征服し、ウィリアム一世として統治をはじめました。そのとき、アングロサクソン人の諸侯の一切の土地を没収し、フランス人の自分の部下たちに分け与えてしまいました。その結果、庶民は英語(古英語)を話すアングロサクソン人、上流階級はフランス語を話すフランス人という二重構造が生まれました。しかし、時がたつとともに両者の交流により古英語は中英語へと変化し、フランス語を大量に取り入れた言語へと進化していきました。また、その頃になるとフランス人の貴族たちもイングランドに同化し、英語(中英語)を使うようになっていきました。

(2)フランス語の名残
フランス語が統治者の言語だったことから、法律、行政、政治、財産などの分野にフランス語が大量に流入しています。例をあげると、court(法廷)、judge(裁判官)、tax(税金)、money(お金)などは全てフランス語から来ています。

また、おもしろいものでは、mutton(食用の羊肉)、beef(食用の牛肉)もフランス語から来ているのですが、一方でそれら食糧の元である生き物としてのsheep(羊)、cow(牛)は元々アングロサクソン人が使っていた言葉で、ここから何が言えるかというと、支配される方のアングロサクソン人がsheepやcowを育て、支配者であるフランス人がその肉であるmuttonやbeefをいただく、という関係でもあるということです。

別の視点、例えば発音についてみていくと、これもまたおもしろいです。あの香水で有名なココ・シャネルのchannel、これ英語では”チャネル”なんですが、chの音はフランス語だと”シ”、英語だと”チ”、これはなぜだと思いますか?

実は英語の”チ”で始まるchanellは昔のフランス語の名残で、フランス語ではchは”チ”から”シ”に変化していったんです。chocolat”ショコラ”やchateau”シャトー”などがそうです。

ではこれはどうでしょう、アメリカのChicago”シカゴ”、実はこのChicagoもフランス語由来なんです。これは、かつてフランス領だった頃に溯るのですが、今度はchの音は"シ"です、なぜでしょう? そうです、Chicagoはchanellと違い近代のフランス語から来ているのです。

(3)他にも見える歴史からひも解く名残
話は変わりますが、北フランスの沿岸に位置するチャネル諸島はご存じでしょうか?金融に詳しい人ならタックスヘイブンを思い浮かべるかもしれません、ここ、どの国に属すると思いますか?

実はUKでもフランスでもないんです。英国王室領という位置づけで、言語は英語とフランス語(ノルマン方言)、独自の通貨を発行し、独自の法律で統治されており、外交と防衛については英国が担っているという特殊なところなんです。これも元をたどれば1066年のノルマン征服に溯るんです。

ノルマン征服後、イングランド王はイングランドだけでなく、元々統治していたフランスの一部をも引き続き統治していたのですが、ジャンヌダルクが活躍した100年戦争によりフランス本土の領土を失い、このチャネル諸島だけ残り、今に至っているというわけです。

(4)おわりに
あまり長くなるのもなんなので、この辺にしておきますが、他にもたくさんあります(英国議会では一部の儀礼的な表現でフランス語を使うなど)。

学校などでやる単なる英語の学習や、音楽などの趣味を通じた学習法にはない、歴史という新たな視点で英語にふれると、またおもしろい発見があるのではと思います。英仏関係というのはなかなか奥深いものがあります。英語の学習に興味がある、という方はこんなアプローチも取り入れてみてはいかがでしょうか?


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パートタイマーのうんちく-(その1)東京ディズニーランド誕生の逸話!

どうも、よっチです。
この時期、菜園活動は閑散期になるのでネタがなかなかない、困ったもので! そこで、新しいカテゴリを作り乗り切ることに、その名も”うんちくシリーズ”! こうやってどんどん本来の菜園ブログから離れていくのですが。。。まっ、いいか!

さて、浦安にある東京ディズニーリゾート(そもそも千葉県なのに東京)には少なからず1回は行ったことがある人が大半だと思いますが、開園に至るまでの逸話はご存じでしょうか?

今から約60年前、当時京成電鉄(東京と成田を結ぶ大手私鉄)の社長だった川崎千春氏がことの発端です。バラ園の開設のため、バラの買付に渡米したのですが、途中立ち寄った開業間もないディズニーランドに感銘したそうです。”これだ! 日本でもやってみよー!”(セリフは想像ですので)

帰国した川崎氏は早速、親交の深い、当時三井不動産社長の江戸英雄氏に声をかけたそうです。江戸氏はそれではと、とある人物を紹介するのです。それが、川崎氏とともにTDL設立の功労者である、オリエンタルランド元社長、高橋政知氏です。ちなみに、オリエンタルランドは京成電鉄、三井不動産、千葉県が主要株主の同リゾート運営会社です。高橋氏は酒豪の交渉役と言われていたそうですが、氏なくして開園はなかったと言っても過言ではありません、というのも、3つの手ごわい交渉相手と渡り合ったからです。

まず第一の難関は漁民との交渉です。ご存じかと思いますが、敷地は東京湾の埋め立て地です。当時は計画段階で、浦安周辺で漁業を営んでいた漁民と交渉する必要があり、難航したそうですが、高橋氏は私財を使ってでも高級料亭で酒宴を何度も開き、相手の胸に入って粘り強く交渉をまとめていったそうです。

そして漁民の次は千葉県、埋め立て地の広大な敷地を使うということで県は当初、難色を示していたそうです。さらには資金調達に困り、埋立地を担保に確保しようとしたところ、知事が前例のないことだと反対し、これまた壁にぶち当たりました。当時の知事、友納武人氏は東大法学部出身、高橋氏と同じで、険悪な仲になった2者をとりもつ目的で川崎氏が酒宴を設けたのですが、そこで同じ教授から憲法論などを習っていたことが分かり、意気投合したのか、和解し千葉県との話もまとまったそうです。

そして最後の難敵、それがライセンス元のディズニー社です。何度も交渉が決裂しそうになったそうで、高橋氏自身、川崎氏のようにディズニーへの思い入れはそれほどなかったそうですが、事業家としての自負心があり、やるからには必ず成就してみせる、という意地があったそうです。聞くべきことは聞き、言うべきことはどしどし言う、そういった攻守のバランスがとれたスタイルが米国人から一目おかれ、良好な関係を築き上げ、交渉をとりまとめて無事開園に至った、ということのようです。開園が1983年ですから、実に数十年です、川崎氏は開園セレモニーで感極まって涙したそうです。

ざっくり、こんなところでしょうか?(他にもたくさんの美談があります、詳細は本投稿記事末の下記リンクを参照) ちなみに、高橋氏の名はTDL、ワールドバザール「タウンセンター・ファッション」2階にあるショーウィンドウで目にすることができるそうです。開園10周年の記念に記されたもので、ディズニーの施設で名前が刻まれるのは日本人では初、また、そこには英語で「夢を追い求め、実現した人」と記されているそうです。

どうですか、「夢の国」には、実はこんな熱いドラマがあったとは! 女性の方は、今後、来園する際はまた違った見方ができるかもしれませんし、男性なら、おねーさんのいるお店や合コンなどでちょっとしたうんちく話に使えるのではと思います。


※参考文献(高橋政知-Wikipedia)より


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まとめ