中年パートタイマーの菜園日誌的なブログ

基本は菜園活動のお話、ときどき猫ネタ、飯ネタ、お出かけネタ、映画ネタなどなど!!

パートタイマー、映画を語る-その9「追憶」(米、1973)

どうも、よっチです。
久しぶりに映画の紹介をさせていただければと思います。今回はシドニー・ポラック監督作「追憶」(米、1973)です。

(背景など)
本作は脚本のアーサー・ロレンツが体験した学生運動を元にしたもので、物語はマッカーシズムが吹き荒れるハリウッドの様子も描かれている。ちなみに、マッカーシズムとは平たく言えば反共運動のことで、当時のハリウッドにも左翼とは言わないまでも政府の右寄りの政策にはついていけず、よりリベラルな立場をとる文化人などが多かったようである。このあたりの状況が今のトランプ政権とリベラルな人たちとの対立と重なるように思えてならないのは自分だけだろうか?

監督はシドニー・ポラック、本作で高い評価を得、1985年には「愛と哀しみの果て」でアカデミー監督賞を受賞している。他にも高倉健出演の「ザ・ヤクザ」やダスティー・ホフマン主演の「トッツイー」なども手掛けている。

音楽担当はマーヴィン・ハムリッシュ、本作ではアカデミー主題歌賞を受賞している。彼はアメリカの主要な賞(エミー、グラミー、アカデミー、トニー、ゴールデングローブ、ピュリッツア)を全て受賞したことがある数少ない作曲家でもある。

主演は当時のトップスターであるバーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードの2人である。バーブラ・ストライサンドは、女優として成功を収めているだけでなく、歌手としても数々のヒット曲を唄っている、まさにマルチな才能の持ち主である。オスカー(アカデミー賞)は主演女優賞で1回、(作曲家として)作曲賞で1回、とこれだけでも十分すぎるぐらいすごいんですが、他にもエミー賞6回、ゴールデングローブ賞11回、グラミー賞10回、トニー賞1回と”どんだけとるんやねん”という感じです。

もう一人の主演、ロバート・レッドフォードはバーブラ・ストライサンほどではないが、自身が監督した1980年公開の「普通の人々」でアカデミー監督賞を受賞している。これは初監督作品だからまさに快挙である。レッドフォードと言えばポール・ニューマンと共演した1969年公開の「明日に向かって撃て」や1973年公開の「スティング」を思い浮かべてしまう。二人の絶妙なコンビネーションがまたいいんですよね。

(ストーリー)
左翼思想に傾倒し、学生運動に没頭するケイティ(バーブラ・ストライサンド)とスポーツマンでもて顔のハベル(ロバート・レッドフォード)、全く正反対の二人が大学卒業後、ニューヨークで再会する、時は第二次世界大戦真っ只中である。やがて戦争が終わり二人は結婚、ハベルは脚本家として徐々に認められるようになる。生活も安定しケイティは子供を身ごもり人生を謳歌する二人であったが、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。

米ソの冷戦期に突入すると、ハリウッドでもマッカーシズムの嵐が吹き荒れはじめ、ケイティの思想が仕事に影響するようになる。それとともに二人の関係は悪くなり、ハベルはケイティから離れ、元恋人のキャロルの元へ身を寄せる。

ケイティはハベルとキャロルの関係を知るが、自分と別れ、キャロルと一緒にいることによりマッカーシズムによるブラックリストからハベルが外れるならばと考え離婚を決意する。

時は流れ50年代初頭、ニューヨークの街角で原爆禁止の署名運動をしているケイティをハベルが見かけて再会、見つめ合う二人、しかし、別々の人生を歩んでいた。お互いを励まし合い、かつて愛し合った思い出が去来する中、別れを告げ、その場を去っていくのであった。

(音楽)
今回は主題歌の1曲、「The Way We Were」※のみです。アカデミー主題歌賞の他、ビルボードチャートで3週1位になっており、1974年の年間トップにも輝きました。主演のバーブラ・スタライサンドのすばらしい歌声が印象的で、メロディーや歌詞も秀逸、まさに3拍子そろった名曲と言えるでしょう。

AFIアメリカ映画100年シリーズのアメリカ映画主題歌ベスト100では第8位にランクされた。ちなみに1位は「虹の彼方に」(オズの魔法使い)である。

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パートタイマー、映画を語る-その8「ロッキー」(米、1976)

どうも、よっチです。
映画を語るシリーズ、8回目、今回は今年で40周年を迎えた作品を紹介したいと思います。ジョン・G・アヴィルドセン監督作の「ロッキー」(米、1976)です。

(背景など)
本作品、ロッキーを演じた主演のシルベスター・スタローンなくして語ることはできません。彼の出世作であることは言うまでもなく、彼自身の人生と重なるようなストーリーと言っても過言ではありません。実際、脚本はシルベスター・スタローンが担当しています。まさに、アメリカンドリームを体現した作品と言えるでしょう。

さて、本作品は低予算映画として知られており、B級映画として各地で上映されているうちに人気が出て、ヒット作品になりました。オスカーも作品賞、監督賞、編集賞を受賞しています。

キャスティングに目を向けると、スタローンの恋人エイドリアンを演じたタリア・シャイア、彼女はフランシス・フォード・コッポラの妹であり、またニコラス・ケイジの叔母でもあるという、まさに有名人ファミリーの一員なのである。

監督のジョン・G・アヴィルドセン、彼は音楽担当のビル・コンティとともに「ベストキッド」も担当しています。共にオスカー受賞者であり、アヴィルドセンは本作で監督賞を、コンティは「ライトスタッフ」で作曲賞をそれぞれ受賞しています。

(ストーリーと見どころ)
ところはペンシルバニア州フィラデルフィア、ロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)はぱっとしない3流の落ち目ボクサー、生計をたてるため知り合いの高利貸しのために取り立て屋も行っている。そんな情けない姿にあきれるトレーナーのミッキー(パージェス・メレディス)はロッキーをジムから追い出してしまう。

一方、ロッキーは友人ポーリー(バート・ヤング)の妹エイドリアン(タリア・シャイア)に好意を抱き、彼女が働くペットショップに寄っては気を引こうとする。はじめはぎこちない二人であったが、やがて距離が縮まり、恋人どうしとなる。

そんな中、チャンピオンのアポロ・クリード(カール・ウェザース)は自身の試合の対戦相手を探していた。予定していた対戦相手が突然負傷し、せっかくの建国200年祭のイベントを台無しにするわけにいかなかったからだ。そこで、リストの中から選んだのがロッキーであった、ニックネームの「イタリアの種馬」が気にいったのである。

かくして、チャンピオンと対戦することになったロッキー、はじめは自分一人でやりきるつもりでいて、自分をジムから追い出したミッキーの申し出を断ったが、立ち去るときの寂しい後姿をみてわだかまりは消え、彼をマネージャーに迎える。

パフォーマンスは派手だが実力は申し分ない無敵のチャンピオン、勝つ見込みのないことはよく分かっていた。そんな中でも、これまでのゴロツキ人生から決別するため、必死で過酷なトレーニングに取り組むロッキー、最後の15ラウンドまで戦い抜くことを心に誓うのだ。

そして試合当日、誰もがチャンピオンの勝利を信じて疑わなかった。試合がはじまりチャンピオンに喰らいついていくロッキー、14ラウンドではダウンするがなんとか立ち上がり、KOが決まったと踏んでいたチャンピオンを追い込んでいく。最終ラウンドではロッキーのボディーブローが決まりだし、互角以上の戦いを展開したが、おしくも試合終了。判定でチャンピオンの勝利となったが、ロッキーにとってはどうでもよかった。自身が最後まで戦い抜き、ゴロツキでないことを証明できたこと、そして愛するエイドリアンが傍にいること、それが全てだった。

とストーリーはこんな感じでしょうか。次に見どころですが、最後の方のクライマックス、14ラウンドでロッキーがチャンピオンから強烈なパンチ(見たところ右アッパーかな?)をくらいダウン、すんでのところで立ち上がり、レフリーにファイティングポーズを示し試合続行となるんですが、そのときのチャンピオンの表情、まじかよという感じと、リングの外で痛々しいながらも必死に戦うロッキーを見守るエイドリアン、そして、傷ついて倒れても必死に何かを掴み取ろうとするロッキーの勇姿、三者三様の様がまたいいんですよね。そしてそれを盛り上げてるのがコンティの挿入曲なんですが、ほんとこのシーンは目頭が熱くなりますね。

(音楽紹介)
今回の一曲目はなんといっても本作品のテーマ曲「gonna fly now 」※、です。たいていのボクシングジムではBGMとして流れているのではと思います。小生が通っていたジムでも、試合前にはアイ・オブ・ザ・タイガー(サバイバー)とともに流れていました。本作でもトレーニングシーンで使われていましたが、練習中に流れていると結構、気持ち的に高まっていい感じになってくるんですよね、オレはいけるんだーみたいな、そんなモチベーションを高める曲だと思います。

そして2曲目は「going the distance 」※、です。見どころで述べた14ラウンドのクライマックスで使われるんですが、これがロッキーの奮闘で盛り上がるとともに感動を最高潮にしているような感じになっています。

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パートタイマー、映画を語る-その7「おもいでの夏」(米、1971)

どうも、よっチです。
映画を語るシリーズ、7回目、もうすっかり秋、ということで秋らしく哀愁を味わってもらえればということで、淡い思春期の体験を描いた、ロバート・マリガン監督作の「おもいでの夏」(米、1971)です。

(背景など)
本作品は脚本を担当したハーマン・ローチャーの回顧録に基づいた映画である。原題が「Summer of '42」なので、実に内容にぴったりに感じる邦題がついたと思う、少なくとも日本向けにはこの邦題の方がピンとくるはず。

舞台設定は東海岸のニューイングランド地方ののどかな海岸沿いなのだが、当時はすでに開発が進んでおり、撮影に適した場所がなかったため、南のノースカロライナ(確かそうだったかな?)で撮影を行っている。

さて、監督のロバート・マリガンだが、もともとはテレビ畑の人で、ディレクターとしてテレビ映画を数多く手掛けている。有名な映画と言ったら本作ぐらいだろう。

次に本作のマドンナ的存在であるドロシーを演じたジェニファー・オニール、彼女はついこないだオリンピックが開催されたリオ出身、もともとはモデルで本作でハリウッドのスターになったという感じだ。

最後に音楽、今回も前回紹介した「シェルブールの雨傘」と同じくミッシェル・ルグランが担当しており、本作ではアカデミー作曲賞を受賞している。

(ストーリーと見どころ)
時は第二次世界大戦下の1942年、夏。米国、ニューイングランドのとある島が舞台。疎開で島で暮らすことになったハーミーは現地のオシー、ベンジーと仲良くなり3人組を結成。思春期の年頃だけにいつも異性に興味深々、そんな中、海岸沿いの一軒家で新婚の若いカップルを見かける。新妻のドロシー(ジェニファー・オニール)の横顔を見て、ハーミーは一目ぼれ、大人の女性の美しさに魅了される。

やがて、ドロシーの夫は戦場へ赴くのだが、3人組の性への好奇心はますます強まるばかり。ベンジーの家にある医学書を親の目を盗んで持ち出し、そこから性行為のいろはを学ぶと、早速、ガールハントを実行、同じ年頃の少女たちと知り合い映画館に誘う。その後、オシーが”最後までたどり着く”傍ら、ハーミーはドロシーとふとしたことから知り合い、ドジを踏みながらもなんとか気にいられようとする。

ある日、ハーミーは家に招待されたので、おめかしをして訪ねてみると、そこには悲しみに沈むドロシーの姿が、夫の戦死の知らせが届いたのだ。蓄音機からは音楽が流れ、ハーミーを踊りに誘うドロシー、やがてベッドに誘い、そのまま。。。次の日、再び訪れてみるとドロシーは既に去っており、一通の手紙が残されていた。そこには、昨夜起こった”できごと”について、今は理解できないだろうが、いずれ分かる時が来るだろう、と。甘くほろ苦い夏の日であった。

とざっくりではあるがあらすじはこんなところ。見どころは少年たちの痛々しいながらも、それでも突き進んでいく行動力だろう。性行為を成就するために、ハーミーがドラッグストアで店主相手にしどろもどろしながらなんとかスキンを手にいれるところなどは、見ている方も少々ハラハラするのですが、目的のものを手にいれたときなどはホッとしたりもします。

それとは対照的に最後の方でのドロシーとのダンスシーンなどはほろ苦さがあったりもして、構成的にはメリハリというかバランスも取れていて、少年の日の体験記としてはうまくまとまっていた映画だと思います。

(音楽紹介)
今回は一曲目のみ、「The summer knows 」※で、最後のダンスシーンで蓄音機から流れる曲です。ルグランの音楽の特徴である、フレンチ特有の甘味とジャズの要素を取り入れたメロディーが、レトロチックな懐かしさを漂わせ、ゆっくりと進む時の流れと少年の日の淡い感じを出したいい仕上がりの曲になっています。

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パートタイマー、映画を語る-その6「シェルブールの雨傘」(仏、1964)

どうも、よっチです。
映画を語るシリーズ、6回目、今回は久しぶりにフランス映画にしたいと思います。ジャック・ドゥミ監督作の「シェルブールの雨傘」(仏、1964)です。

(背景など)
本作は第17回カンヌ映画祭でグランプリを受賞しており、全編がミュージカル仕立てになっていて、セリフは一切なし、全て歌で表現している。しかも、出演者は口パク、北京五輪の例の少女と仕組みは全く同じである(笑)。カトリーヌ・ドヌーヴ演じるジュヌヴィエーヴの吹き替えはダニエル・リカーリが担当している。彼女、まさにスキャットの女王、日本では由紀さおりが有名だが、彼女のはそれより高音である。歌声はおそらくどこかしらで聞いたことがあるのではと思います。

監督はジャック・ドゥミ、音楽はミッシェル・ルグランが担当している。この2人、「ロシュフォールの恋人たち」、「ロバと王女」といったミュージカル映画、それに日本のキティ・フィルムが制作した「ベルサイユのばら」でもコンビを組んでいる。

ミッシェル・ルグランはフランスを代表する音楽家で、フランスにとどまらずアメリカでも活躍している。実際に1968年制作の「華麗なる賭け」ではアカデミー主題歌賞、1970年の「おもいでの夏」では作曲賞、1983年の「愛のイエントル」では音楽賞をそれぞれ受賞している。

(ストーリーと見どころ)
時はアルジェリア戦争真っ只中、北フランス、シェルブールの傘屋の娘ジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)と自動車修理工のギィ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)は結婚を誓い合った恋人同士。そんな二人を引き裂くがごとくギィのもとに召集令状が届く。悲しみに沈むジュヌヴィエーブ、二人は残された時間を惜しむがごとく、一夜をともに過ごし、結ばれる。ギィは一緒に暮らしてきた叔母の世話を幼馴染のマドレーヌ(エレン・ファルナー)に頼み、出征していった。

ギィが戦場に赴いてからジュヌヴィエーブは自身の妊娠を知ることになるが、戦場からの手紙が来ないことに不安を覚える。そんなとき、納税で金作に困っていたときに知り合った宝石商のカサール(マルク・ミシェル)から母親経由で結婚を申し込まれる。ギィを待ち続けていたジュヌヴィエーブも次第にカサールに心を開き、やがて結婚、シェルブールを離れパリに移住する。

戦場で負傷し除隊となったギィが帰国するが、ジュヌヴィエーブが結婚したことを知らされる。自暴自虐になるギィ、そんなとき叔母が死に、遺産を手にすることに。叔母の面倒をみてきたマドレーヌは行くあてもなく、ギィと一緒に暮らすことになり、ギィは手にした遺産でガソリンスタンドをはじめる。やがてギィは立ち直り、マドレーヌもギィに心を開き、二人は結婚する。

月日は流れ、ある雪の夜のガソリンスタンド、ジュヌヴィエーブが娘とともに現れる。スタンドの事務所で言葉を交わすギィとジュヌヴィエーブ、ギィは車内にいる娘に会ってみるか尋ねられるが、無言で首を振る。給油が終わり、車が去ると妻のマドレーヌと息子が買い物から戻ってきた。雪の中で息子と戯れるギィ、それを見守る妻、そこには幸せに満ち溢れた家族の姿があった。

ストーリーはこんなところ。お涙頂戴の展開、この流れは以前紹介したイタリア映画の「ひまわり」に似ています。こちらも戦争で愛する二人が引き裂かれ、運命に翻弄される、という内容でした。そんな展開だと見どころというかクライマックスも似ていて、やはり最後のガソリンスタンドでのシーンですね。それぞれが家族を持ち、見つめあいながら語りあう、そして別れを受け入れ、また家族へ戻っていく、そんな切ない感じのところです。

(音楽紹介)
今回は一曲のみ、ラストシーンで使われる「les parapluies de cherbourg (finale)」※なんですが、シーンのカット部分をご覧いただきたいと思います。フランス語が分からなくても英語の字幕が出ていますし、字幕なしでもだいたいどんな内容かは想像つくかと思います。

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パートタイマー、映画を語る-その5「2001年宇宙の旅」(米英、1968)

どうも、よっチです。
夏休みも後半で、あと10日ほど、まだまだ続きます。そこで、夏休み特集チックに、今回はSFものにしたいと思います。5回目はスタンリー・キューブリック監督作の「2001年宇宙の旅」(米英、1968)です。

(背景など)
本作、ご存じの方も多いと思うがSFXの完成度が非常に高い。その甲斐あってか実際にオスカー(特殊視覚効果賞)を受賞している。それまでのSFものといったら、例えば宇宙船にしてもいかにも嘘っぽいチャチなものが多く、飛行機なんかでもいかにも細い紐で吊っているだろう、というのが多かった。本作以降、それがすっかり変わり、後の作品に多大な影響を与えている。そのいい例がスターウォーズだろう。スタッフにはその道のスペシャリストを数多く揃えて制作されている。日本の手塚治虫にも美術担当の依頼があったようだが、手持ちの仕事で手いっぱいなためオファーを断っている。

また、挿入曲に数多くのクラシック音楽が使われていることも特筆すべきだろう。SFチックなイメージを出すためにシンセサイザーなどを使った電子音楽を採用するのではなく、大昔に作られた音楽を使っているというのは斬新だ。

最後に監督のスタンリー・キューブリックについて。彼は大の飛行機ぎらいで有名である。なので、撮影はほとんどが彼の住むイギリス国内で行われている。ちなみに「フルメタルジャケット」でのベトナム戦争時の戦闘シーンもイギリス国内で撮影しているが、そこにはジャングルなど熱帯特有の風景は出てこない。戦闘シーンは都市の廃墟などを中心としたもので構成されている。

(ストーリーと見どころ)
時は人類がまだ猿だったころ、とある集団の前に突如、モノリス(長方形状の大きな石版のようなもの)が現れる。そのモノリスに触れた猿たちが進化を遂げる、白骨化した動物の骨を棒のように道具として使い出すなど、である。

そして描写は変わり、人類が月に住むようになった時代、月で発掘されたモノリスが400万年ぶりに太陽光を浴び、木星に向けて強力な信号を送る。さらに、その18か月後、ディスカバリー号が木星探査に向かう。そこには人口知能のHAL9000が備わっているのだが、探査目的に疑問を抱きはじめ、やがて暴走し人口冬眠中のクルーを殺してしまう。唯一生き残ったボーマン船長(キア・テュリア)はHALを思考停止させるが、探査目的に絡むモノリスについて知ることになる。

単独で探査を続けるボーマンの前に巨大なモノリスが出現、ボーマンはスターゲート(宇宙の彼方へ通じる門?)を通り、やがてスターチャイルド(精神のみで存在するエネルギー生命体?)に進化する。

ストーリーはこんな感じ、実に難解である。はじめて視聴して全てを理解するというのはまず無理であろう。この話、もともとは監督のスタンリー・キューブリックと脚本のアーサー・C・クラークがアイデアをまとめてできたものである。小説版もあるが、これは映画版をベースにできあがったものである。

見どころはなんといってもSFXの数々。よく取り上げられるのは、地球と宇宙ステーションを結ぶスペースプレーンの中の描写で、客席で心地よく眠っている乗客の手から離れたペンがゆっくりと宙をまい、そこにフライトアテンダントが現れ、宙にまうペンをつかみ、乗客に返すところである。あとは要所要所でクラシック音楽が登場する。映像といい音楽といい、この意表をついたコントラスト、実に見事である。

(音楽紹介)
まず、1曲目はオープニングなどで使われている「ツァラトゥストラはかく語りき」※です。そもそもリヒャルト・シュトラウスが1896年に作曲した交響詩であるが、この曲を聴けば2001年、という感じである。映画で使われているのはカラヤン指揮ウィーンフィル演奏の録音版のようである。そして、2曲目は「美しき青きドナウ」※で、この曲はヨハン・シュトラウス2世が1867年に作曲したワルツである。スペースプレーンや宇宙ステーションが宇宙空間上を優雅に舞う様を表現するのに使われている。

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まとめ